地震(人と馬の感動物語)

最近また、熊本で地震が発生してますね。僕の住む青森県の沿岸地域も東日本大震災ではかなりの被害がありました。いまだに、埠頭には津波被害のゴミや鉄くずが処理されずに積まれているところがあります。

日本は太古から数多くの地震に見舞われてきましたが、競走馬たちはその時どうしていたのか気になります。調べていると、日本経済新聞に以下のような記事が書かれいたので紹介します。馬と人の愛情の絆が伝わります。

 

 

【震災で避難の元競走馬。最後まで主人待ち力尽きる】

 東京電力福島第1原子力発電所の事故で福島県南相馬市から避難した元競走馬「トーホウドリーム」が2013年秋、主人の迎えを待ちながら避難先の牧場で死んだ。

 芦毛(あしげ)の牡馬のトーホウドリームは01年、当時無敵を誇ったテイエムオペラオーを重賞レースで破った。03年に6歳で引退した後は南相馬市佐藤愛子さんに引き取られた。それからは佐藤家の馬として、地域の伝統行事「相馬野馬追(のまおい)」に参加し続けていた。

 自宅が避難区域となった佐藤さんたちは福島市に避難し、トーホウドリームは11年4月に同県鏡石町の岩瀬牧場に避難した。佐藤さんたちはその後、同県相馬市仮設住宅に移ったが、月に1度は牧場に足を運んだ。

 トーホウドリームは避難のストレスからか痩せていった。13年7月の野馬追では体重が現役時の半分程度に減った。だが、衣装をつけると顔つきが一変した。空に打ち上げられた旗を数百騎の騎馬武者が奪い合う「神旗争奪戦」では騎手を神旗に導いた。

 馬の管理が難しくなった佐藤さんたちは13年10月、牧場に寄贈すると決めた。しかし同年11月15日昼、トーホウドリームは突然倒れ、息を引き取った。この日は佐藤家から牧場に馬の名義が移る日だった。

 「最期まで佐藤家の馬のまま死にたかったんじゃないかな」と岩瀬牧場の松本修子さん(50)。死の翌日、野馬追で騎乗した佐藤さんの次男が牧場に来た。目をつぶり横たわる愛馬を前に手を合わせ、たてがみを切って持ち帰った。

 

この記事を読んで思うのは、競馬で走る馬は経済動物だとの話をよく聞きます。競走馬である以上は賞金を稼げなかったら維持していくことが難しいのもよくわかりますし、それがあるから血統の進化があるのだと理解しますが、きっとそれは競馬のある一部だけであって、牧場関係者、厩舎の皆さん、騎手、馬主、ファンのみんな、僕たちは馬が好きなんだということ。

軽率なことは言えないけど、熊本地震で多くの九州産馬たちや関係者のみんな大変な思いをしていることだと思いますが、小倉開催では元気な姿を見せてほしいと願います。

 

平成28年熊本地震 被災地への支援結果について JRA

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